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90年代後半 ダブステップの始まりは? | TOKYO DJ部
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90年代後半 ダブステップの始まりは?

ダブステップとは?

1990年代後半にサウス・ロンドンで生まれたエレクトロニック・ダンス・ミュージックのジャンルの1つです。 一般的に、密度が低くシンコペーションを用いたリズムパターンと、サブベースの周波数帯が張り出していることに特徴づけられています。一言で言えば、リバーブの深くかかったドラムが特徴的な2ステップのことを指します。BPMは140前後です。

2ステップとは、1小節中で1拍目と3拍目でバスドラムを強調し、それ以外のリズムセクションが不規則に配置されたクラブュージックです。

ダブステップの歴史

2001年ごろからロンドンのクラブ「Plastic People」で開催される「Forward 」というイベントで頻繁にダブステップがプレイされるようになたことがきっかけといわれています。

2ステップのDubミックスにブレイクビーツやドラムンベースの要素を加えた音楽を選曲することが流行したのがダブステップの始まりで,、やがてその音楽は2002年ごろには「ダブステップ」というジャンルとして、2ステップやグライムとはまた違った音楽として知られるようになっていくことになります。2002年には「The Wire」などの音楽メディアで特集され「ダブステップ」というジャンルが定着したとされています 。

Big Apple Records
出典:Big Apple Records

Big Apple Recordsは、ダブステップの最も有名なアーティスト、SkreamBengaHatchaがかつて働いていた伝説のレコードストアです。初期の「ダブステップ」アーティストが集う場所になっており、コミュニティができていました。現在は残念ながら閉店していますが、アーカイブをFacebookにオープンしています

ラジオパーソナリティーであり、DJでもあったジョン・ピールが初期のダブステップを支持し、彼の番組であるBBC Radio 1ラジオで紹介したことで「ダブステップ」の人気に火がつきます。彼の番組の2004年の年間ヒットチャートでは、ダブステップ・ミュージシャンのDistanceDigital MystikzPlastician の曲が50位以内にチャートインしたと言われています。

最先端の音楽をかけるという姿勢はその死まで変わることはなく、晩年はダンスミュージック、特にダブステップの人気向上に一役買った[10]

出典:Wikipedia

2005年公開から2006年にかけて、ダブステップは細分化し、ロンドンで人気をと広がりを見せるようになります。「dubstepforum」、「Barefiles」、「gutterbreakz」といったダブステップ専門サイトも流行を後押しすることになります。

ダブステップはやがてブローステップへ

やがてアメリカへと移り、Skrillex(スクリレックス)・Kill the Noise(キル・ザ・ノイズ) ・Kill the Noise(キル・ザ・ノイズ) などに代表される攻撃的なシンセが印象的「ブローステップ」というサブジャンルとなったと言われています。サブベースを重きとする「ダブステップ」とは違い、LFOスピードを変化させたベースサウンドに重きを置いています。EDMのフェスなどでかかる「ダブステップ」はそのほとんどが「ブローステップ」に分類されます。

Skrillex

初期のダブステップを聞いてみよう

「ダブステップ」の初期を代表するアーティスト、Burial(ブリアル)。奥行きのある空間で冷たい金属音が鳴り響く、ディストピア的な世界を作り出しています。

King Tubbyはジャマイカのサウンド・エンジニア、音楽プロデューサー。Dub(ダブ)の発明者として知られていて、1960年代から1970年代までのダブの発展は、ほとんど彼の影響を受けているものと見られているそうですよ。時間軸を変えるような魅力がありますね。

Dub(ダブ)は、レゲエから派生した音楽ジャンルと言われていてリミックスの元祖とも言われています。テクノ、ハウス、ヒップホップなどのダンスミュージックにはvの手法が影響している曲も多いとか。さまざまなジャンルに影響を与えた概念の発明って、すごいですね。

2002年イギリスにてリリース、ベニー・イルのアーティスト活動は20年以上に渡り、2017年には来日も。DJとしての評判も非常に高い。特に、ジャンルを超えた独自の選曲センスが高く評価をされており、Ministry of Sound、Heaven、Fabric 、Plastic Peopleなどを含んだ、ロンドンの著名なベニューのほとんどでプレイした実績を持つそうです。この方も、ダブステップシーンの創出に貢献したと称されている有名名ーティストです。

Hadchaは、南ロンドンのプロデューサーであり、ダブステップで有名なDJです。彼も、Big Apple Recordsでも働いていました。

Bengaは、ロイドン出身のイギリス人ミュージシャンで、ダブステップレコード制作のパイオニアとして知られています。15歳で最初のレコード「Skank」をリリース。

そのほか、2000年前半あたりにはロンドンでは、続々とダブステップの曲がリリースされ始めます。

非常に面白いのが、2000年後半になると、現在のダブステップ「ブローステップ」に近づいてくるのがわかります。 

まとめ

「レゲエ」から「Dub(ダブ)」という概念が生まれ、2ステップと融合して、「ダブステップ」になりました。名前の由来もシンプルですね。初期「ダブステップ」のディストピア感はそのままに、DTM環境の進歩とともに、音に厚みが増していく様が年代を追うとわかります。

初期「ダブステップ」はロンドンのパーティーから火が着き、イギリスで人気に。やがてラジオや雑誌で取り上げられて世界を巻き込む人気ジャンルになりました。現在では、細分化され様々な「ダブステップ」が存在しますが、初期の作品から概念・音・リズムなどの遺伝子を垣間見ることができます。

次回は、現在の「ダブステップ」について掘り下げてみたいと思います。

Spotifyに「DUBSTEP」のプレイリストを作成しました。もしよろしければご視聴ください。 

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